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2009 *09 12 彼氏彼女の事情〔12〕

 一合、二合と切り結ぶ、剣戟の音が響き渡る。豪毅の気塊が捉えたと想った皓子は残像。
続き
先に雷光に似せた火球を放った時点で、影だけ残して皓子は豪毅の許に迫っていた。それを知りつつ豪毅もまた皓子の接近を許して迎え撃つ構えを、気塊を放つと同時に敷いていたのである。
 が、豪毅に対応できたのは、そこまでであった。どうにか皓子の攻めに応じて切り結ぶまではできたが、タイミングがやや遅れをとったか、合を重ねる程に軌道が上擦ってくる。何より、先に剣の根元を握った際、少しか皮膚を裂いていたのが災いした。
「――クッ、…」
 低く呻いた豪毅の声と共に、ギィ…ン、と鈍く撓んだ金属音が鳴る。ヒュンヒュンと空を裂き宙に舞った剣は、今度は豪毅の手を離れて彼の背後に突き立つと、柄頭に付いた血の滴を石畳に跳ね飛ばした。
「そこまで。」
「――失礼。」
 仕合いの区切りを告げる由良の声と、刀身を払って皓子がサーベルの刃を納めるのとは、ほぼ同時だった。ジン、と痺れる利き手から、己が剣を取り落としたのは、只に掌に刻まれた傷だけが原因ではないと豪毅は悟る。
 剣の根元を掴んで振るった際に、僅かに付いた手の中の傷。大した傷ではないと甘く見て、血糊を拭いもしなかった。しかし、打ち合う内に増えた出血と、何よりそうして甘くなった握り、そして自覚せぬまま感じていた痛みが、最後の最後で皓子に押し負け、剣を取り落とさせた。
 それはとりもなおさず、僅かな隙も許されぬ程に互いの力量が伯仲しているのであり、にも関わらず細かな点を疎かにした、自分の慢心が招いた失態だ。チロ、と舐めた舌先に感じる苦い血の臭い。それを噛みしめて豪毅は顔を上げた。
 3戦目の仕切り直しは昼の休憩を挟んだ後。その頃には、こんな傷など癒えているだろうが、豪毅は手当てをと駆け寄る達帰が差し出す膏薬を受け取り、それを傷に擦りこんでから器用に片手で包帯を巻いた。石畳に突き立つ愛剣を抜き取った時、柄に残っていたかジワリ滲んだ血の赤が、豪毅の想いを示すように白布の表を彩った。

【続く】

18:34 | SS | 稲葉