喉も裂けよとばかりに吐き出される咆哮。それは黒鏖に宛てたものではなく、雷閃に向けられたものだった。未だ雷槌を放ち続ける掌の前、怯じることなく飛び出した久鷹は、まだ稚い四肢を懸命に突っ張り、黒鏖を背に立ちはだかって雷閃と対峙する。
眼を瞠り、歯を剥き唸る、その姿は鵺とも呼ばれる禽獣に相応しいもの。だがいかんせん、齢1歳に満たぬ仔犬の形では、獰猛さよりも痛々しさが先に立つ。そんな久鷹の健気な姿に、眉一つ動かさず打ち払う拳風を見舞うと、雷閃は尚も黒鏖に矢継ぎ早の雷撃を降り注いだ。
もはや黒鏖の身が朽ち縄の形骸を留めず、ボロ屑同然になるのも時間の問題と思われた。その時、――。
「……ォう…ッ!」
振り絞り、引き掠れた声の絶叫と共に、回廊の片隅から象牙色の閃光が迸り、その輝きは通路を貫いて窓外までも溢れ出した。
黒鏖――確かにそうと聞こえた声の前、雷閃は僅かに眉宇を寄せた。後少しで千切れ飛ぶ筈だった朽縄を背に庇い、敢然と立ちはだかるは成犬とほぼ等しい大きさまで成長した白鵺。迸る光は乳白色の中に違え様のない癒しの力を秘め、同時に霞めいた輝きで我と彼とを隔てようとしている。それは目眩ましと呼ぶには、あまりに自然な防護の相。
不完全とはいえ人語を操り、潜在能力を開花させて急速に成長する――久鷹の見せた成果に、初めて雷閃の口許に微苦笑めいたものが掠めた。それを成さしめたものが、誰であるのかも承知の上で。
【続く】