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2009 *09 25 all or nothing 〔6〕

 その後も暫く、黒鏖の無謀は止むことがなかった。
続き
 雷閃が月の宮の地下に居ると知れば一散に飛び到り、果敢に襲撃をかけては手もなく返り討ちに遭う、ということを繰り返す。その度に黒鏖を庇い、あるいは傷つき血に塗れた身体を地上まで引き摺って帰るのは、久鷹の役目となっていた。
 ――それが止んだのは、何時からだったか。
 
 
 
 闇の城奥深くに与えられた私室で片頬を突き、椅子に凭れ空寝をしていた黒鏖は、何かに呼び覚まされたようにフッと瞼を開いた。
 かつての翼蛇の姿も今は遠く、人型をとるようになった彼の容姿は、父親たる雷閃に瓜二つであると言われていた。僅かな違いと言えば、その身に帯びた色彩。長く伸ばされた頭髪は漆黒の中に金の艶と光沢を秘め、切れ長の双眸に嵌まる瞳は黒と見紛う程に濃い暗緑色であった。
 月の宮での出来事を知らぬ闇の城の者たちは、雷閃の偉名だけを口端に上らせ、黒鏖との関係を取り沙汰する。あまりに似すぎた容姿の故に。だが、それについては本人は元より、闇の城の盟主ですら明かすことはなく、ただまことしやかな噂だけが、彼の所業と共に語り伝えられるのみであった。
「――黒鏖、…」
 手に書類束を抱えて部屋を訪れた影に、彼はやおら顔を擡げた。その瞳に張り付く眠気の残滓に目敏く気がついた相手は、あからさまな非難の相で眉を顰める。
「またサボっていたのか?」
 処理すべき書類は、こんなに溜まっているのにと手にした束を示して見せる白衣の影――久鷹に、黒鏖は幽か笑って鼻を鳴らした。

【続く】

16:23 | SS | 稲葉