「その程度、溜まった内にも入らんだろう」
吐き捨てる科白に、ますます久鷹の愁眉が寄る。
「そんなことを言って、結局、俺任せにするのでは道理に合わんぞ」
そんな愚痴めいた久鷹の科白には、「ならば放って置けば良いものを、見かねて手を出すオマエが悪い」と返す言葉は口に出さずにおいて、黒鏖は緩く首を傾げた。
「オマエは昔から、そうだな。放って置けば良いものを、俺のやること為すこと一々口を出し、構いに来る」
そんなに俺に惚れていたのかと嘯く軽口には、吠ざけと情れなく返しておいて、久鷹は手にした書類を黒鏖の前に投げ出した。
「そう言うオマエこそ。気に障るなら、俺など歯牙にもかけず無視して置けば良かったものを。ムキになって手まで出してきたのは、どういう了見だ?」
冷淡に切り返したつもりの皮肉も、恨み言めいた響きを内に秘めていたのでは、まるで戯れ合いの如くだ。それが解る黒鏖は、形の良い唇をクッと三日月形に吊り上げると、溜息混じりに書類を取り上げつつ呟いた。
「思い通りにならぬモノほど、手に入れたくなるだろう?」
それが、彼一流の憎まれ口だと既に判っている久鷹は、こちらも溜息と共に問い返す。
「それで? 俺はもう、オマエの手の内なのか?」
それには見る者が陶然となるような、うっそりとした微笑みで応え、黒鏖は静かに囁いた。
「すべて手に入れていないのなら、それは何も手にしていないのと同じだ」
その、あまりに強欲で傲慢な口振りに、もはや久鷹は苦笑すら洩れず肩を竦めると、
「精々、お手柔らかに頼む」
と嘯いて、微笑む彼の口許に身を伏せた。
【了】