……勝算は、ないでもない。
父と同じく両の腕から出る刃で手首の戒めを切り、跳ね起きる勢いで覆い被さる連中を薙ぎ倒して両足の戒めも断つ。後は、これだけの衆人環視――しかもいつ誰が敵に変わるか解らない状態を切り抜けるだけだが、最悪、全員が敵に回ったとして二個中隊。それをたった一人で片付けられるかは、微妙な賭けだった。
だが、やるしかない。自分の誇りと尊厳を守る為には。闇の城では弱者と見なされれば後は嬲られ喰われ、慰み者にされる末路が待つばかり。そうならないためには、どうあってもこの場を無傷で――とはいかないまでも「傷物になった」と見なされない状態で切り抜けねばならない。返す返すも己の迂闊さに、舌打ちしたくなる久鷹だった。
そうこうするうちに、久鷹を手に掛ける順番でも決まったのだろう。股間を下品に膨らませた男が、まず一人、久鷹の開かされた脚の向こうに立った。
チャンスは、恐らく一瞬。最初の男が自分に近寄る、その瞬間を仕留め損ねれば後はない。よしんば手足の戒めを切れたとて、寄って集って周囲から押さえつけられ、良い様に嬲りものにされるのがオチだ。
肘を起点に手首を掠める角度で出せる刃を、いつでも肉から抜けるよう構えながら、久鷹はジリジリと逸る思いで拳を握りしめた。手の中に浮かぶ汗は焦りのためばかりではなかった。
思えば、大規模な戦争が終結してから生まれた世代に当たる久鷹は、実戦経験もなければ実際に人を殺したこともない。自ら望んで軍の戦闘訓練を受けはしたものの、それを現実に『敵』と見なした相手に振るうのは、ほぼ初めてと言って良かった。――目の前の男が自分の殺す、最初の人間になるかも知れない。本能的な恐怖と忌避感は、拭い去れず久鷹の中にあった。
しかし躊躇っているゆとりはない。相手の生命と秤にかけて、容易く売り渡してしまえるほど安い誇りを持ってはいない。ニヤニヤと締まりなく笑う男の顔を睨み据えつつ、竦んだように強張った素振りを見せながら、その実、最適なタイミングを計って久鷹は、自らの腕から刃を抜き放った。
【続く】