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2009 *10 05 and you or nothing 〔9〕

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 その頃になってようやく、周囲の人間は何が起きたかを理解した。忽然と場の中央に現れた影。それが、ただでさえ人の密集した空間の、しかも久鷹を取り巻く狼藉者の隙を縫い、ピンポイントに転移して来たからこそ為せる技だということに。
続き
 いや、その能力の高さに気がついたのは、久鷹を含む一部の人間だけであったろう。空間転移とは、そうそう容易い技ではない。何もないと解っている空間に跳ぶならまだしも、人や物が密集し、尚且つ動き回る室内に転移するとなれば格段に難易度は上がる。転移した先に偶然でも人や物があれば、起こるのは飛び降り自殺とほぼ等しい。巻き込んだ方も巻き込まれた方も確実に、死ぬ。
 それを造作もなくやってのけ、しかも直後に人ひとり仕留められる攻撃を見舞えた黒鏖は、少なくともこの場に並み居る連中とは比べものにならぬ実力を持っている。だが、悲しいかな能力の勝る者は劣る者の力量を測り得るが、その逆は真ではない。連中に解ったのは、折角のお愉しみを邪魔されたことと、それに対する激しい怒りのみであった。
 怒号とも奇声ともつかぬ叫びをあげ、順番待ちの輪に加わっていた男たちが黒鏖めがけて殺到する。その様を、目の前で崩れていく最初の犠牲者と同じく視界の隅にも入れず、黒鏖は手にした武器を振り払った。
 彼の得物は、『科人の剣』とも渾名されるシナーズ・ソード。常時は短い刃を連ねた大剣状をしているが、腕の振り方ひとつで連結部が自在に曲がり、鋭い刃を纏った多節鞭とも変わる。しかも彼の意志によって長さを無限に変えるそれでもって黒鏖は、周囲に詰め掛けた七人の男を一度に薙ぎ払い、一撃の下にすべての首を胴から刎ね飛ばした。

【続く】

19:01 | SS | 稲葉