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2009 *05 08 トキメキ 〔8〕

 そしてもうひとつ、双緋には決して采藍と共に戦場に立てぬ理由があった。――それは彼らが、魂を分けた双子であるからだ。
続き
 一族の内には他にも双子や三つ子、中には八つ子などという例もある。だが、それらが皆、采藍と双緋のようにある訳ではない。会えば喧嘩ばかりの双子。ただ一人の妹を巡って争い、結局のところ他の男に横から拐われた三つ子の上二人。そうかと思えば、二身一体の如くしてあり、要らぬ騒動の種ばかり蒔いて歩く双子の姉妹もいる。そんな中、采藍と双緋の繋がりは、殊に特別だった。
 二人の魂――あるいはそれは存在の根源と言い換えても良いかも知れない――は、限りなく同一であるのだ。双緋が死ねば、采藍は只に双子の片割れ、最愛の妻を喪くしたというだけにとどまらぬ痛手を被る。それは、味方である一族にとっても致命的となるほどに。
 恐らく、双緋を喪った時点で采藍の自我は崩壊し、完全なる狂戦士(バーサーカー)として暴走を始めるだろう。のみならず、傲嵐の血を引かぬ子供の中で数少なく暗星を裡に宿す者であるが故に、器たる肉体が滅びた後も暴走したブラックホールのみが残り、周囲に在るあらゆるすべてを破壊し尽くそうとするだろう――そう、見立てられている。まさしくアキレスの踵、サムソンの髪が、采藍にとっての双緋なのである。
 ……それを知っているからこそ、どんなに焦がれ憧れても、双緋は戦場に向かわない。采藍の無事を信じ、武運を祈り続けて、月の宮で待つ。それがどんなにか――身を裂かれるよりも辛い、責め苦であっても。
 元から白い真珠の肌を更に青ざめさせ、口惜しげに双緋は俯く。その頬に手甲を当てた掌を添え、采藍は静かに囁いた。
「ごめんね、約束したのに……」
 彼の言葉に、双緋は弾かれたように顔を上げた。今にも泣き出しそうに潤んだ、カーネリアンの瞳を窺い、采藍は続ける。
「いつも傍に居る、一緒に居て、君は僕が護るって約束したのに――…」
 苦しさをこらえて訥々と呟く采藍に、双緋は幾度も頭を振って応えた。そんなことはない。幼い頃のように常には傍に居られなくても。いつだって彼は自分を護ってくれている。そう、彼自身だとて決して戦いが得意な性格ではないのに。その身体を、時には傷だらけにして。戦場に立てぬ自分たちを――いいや、自惚れたって良いだろう、妻である自分を護るために。それを思えば、居所が少し隔てられるくらい、大したことではないように双緋には思われた。
「采藍、――…」
 双緋は爪先立って背伸びをし、かなりな身長差のある采藍の肩に腕をかけた。そうして自分を抱き寄せる采藍の腕に抗わず寄り添いながら、双緋は彼の耳許に囁いた。
「蜂蜜たっぷりのミルクティー淹れて、待ってるからね」
 だから早く帰って来て、とまでは言わずに堪えた双緋の細い身体を抱きしめ、
「あぁ、…」
 采藍は喘ぐように頷いて彼女を手放した。そんな彼らのやり取りを、物陰から見ている影が幾人か。
「いいわよねー、采藍」
「月の宮一族でお婿にしたいナンバーワンだもんねー」
「でも采藍ったら、昔っから双緋にしか興味がなくて」
「あら、貴方も采藍に告白したクチ?」
「そう言う貴方も?」
「堅い、堅すぎるのよ、あの難攻不落物件。」
「あーあ、一回こっきりデキるだけでもイイんだけどなぁ」
 ……まぁ、年頃迎えた娘さん達のこと。口さがないのは仕方ないとして(一部、問題ある発言がないでもなかったが)。

【続く】

20:53 | SS | 稲葉