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2009 *10 08 and you or nothing 〔12〕

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 すでに黒鏖と久鷹の周囲には、塁々たる屍の山が築かれている。ムッとくるほど濃密な血の香りと、胸が悪くなるような屍の臭い。それを目障りだと言いたげに無造作な腕のひと振りで弾き飛ばし、消し去った黒鏖の許に、今度は中二階の席から雨霰と降り注ぐ、飛び道具の類いが襲いかかってきた。
続き
 弓・弩弓、のみならず指弾・銃弾、気功砲、戦輪の類いまで、ありとあらゆる武器が、地階の一点を目掛けて降り注ぐ。だがそれを、皐月の雨を受けるが如く、悠然と振り仰いだ黒鏖は、次いで翳した黒衣の裾で、いとも容易く弾き返した。否、黒衣の裾と見えたものは彼の背中を覆う巨大な竜翼であった。蝙蝠の羽にも似たそれで、我が身と久鷹とを庇い、しかもその皮膜にすら傷ひとつ作らなかったことを、羽ばたき打ち振るう仕草で示して見せ、黒鏖は可笑しげに口端を歪めた。
「代々を戦に暮らした闇の城の生え抜きとは言え、所詮は雑兵。この程度か、――…」
 嘲弄に満ちたその口振りにも最早、怒りを露わに出来た者はなかった。彼らに残されていたのは、呆然と自失のみ。それは、直後に流れた低い呟きを聞くまでもなく、この場から我先に逃れようとするパニックに取って変わられた。
「……ならば殊更、選り好んで生かして置く価値も無いな」
 直後、響き渡った怒号は、阿鼻叫喚の音色に染め上げられていた。
 食堂の入口は一階ホールの中央に繋がる位置にある。一階に居た者、また二階に居ながら馬鹿正直に階下の入口を目指した者が、まず餌食となった。食堂の中央とは即ち、久鷹の身が引き据えられた場所。そして今は黒鏖の立つ場所となっている。その正面に開いた入口に殺到するということは、捕食者の顔前に「どうぞ喰らって下さい」と無防備な背を向け、我が身を投げ出したに等しい。
 我先にと逸るあまり集団の中程から将棋倒しを起こし始めた連中を、黒鏖は淡い失笑と共に見送り、ゆるやかに右手を翳した。刹那、迸ったのは緋の色彩を孕んだ黒雷。幾重にも枝分かれしながら走った鋭い稲妻は、同胞の屍を踏んでも逃れようとしていた有象無象どもを弾き飛ばし、千々に引き裂いて扉の向こうにある石壁のオブジェに変えた。描き出されるのは血と黒と屍肉の彩る凄惨画だ。

【続く】

19:06 | SS | 稲葉