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2009 *10 09 and you or nothing 〔13〕

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 それを見て、階段の中程まで下りかけていた連中が、急いで身を翻す。
続き
 しかし各人の反射神経、まして状況把握能力は均等ではない。引き返そうとする者と、尚も下ろうとする者との間で衝突が起こり、境目に置かれた者は双方向からの圧を受け、錐揉み状に巻き込まれながら圧死していく憂き目を見た。それでも尚、上下からの突進は止まない。遂には互いに殺し合いながら己の望む方向に進もうとする、同士討ちの修羅場と化した。
 そこに訪れたのが、地階から階段・壁を伝って駆け上がる雷撃の迸りである。本来、絶縁物である筈の石材。しかし今、その表面は電解質を豊富に含んだ鮮血に濡れ、通電体でもある人の屍肉で埋まっている。しかもそこに寿司詰め状態となった人間が、手に手に金属の武器を持ち、犇めきあっているのである。雷撃から逃れ得よう筈もなかった。
 一瞬で炭化した者は、それでも幸いであった。生半可に息絶えず生き残ってしまった者は、通電によって焼け死んだ屍肉が上げる猛烈な悪臭に苦しみながら、次いで上がった火の手に巻かれ、もんどりうってのたうち回った。今や地階に続く階段は、屍体かそれに準ずる肉塊に埋め尽くされ、通路としての役割を果たさぬものと成り果てていた。
 比較的、賢明な判断をした者は、下と階段で起こった惨劇を見るまでもなく、二階席に直接通じる出入口へと身を翻した。一階にある正規の出入口より遥かに小さいそれであるが、厨房側を除く三方の壁に二つずつ、計六つの扉がある。そこへ向かおうとしたのである。
 しかし、彼らが愚かであったのは、恐怖のあまり逃げようと逸り、『敵』に背中を見せたことである。銀鈴を打ち鳴らすような、涼やかな音が背後から迫ったと思った瞬間、彼らの首は一様に胴と泣き別れを果たしていた。黒鏖の意志で無限に伸びるシナーズ・ソード。その伸縮自在な刃が、彼の腕のひと振りで食堂の周囲を一巡し、そこで逃げ惑っていた愚者共を粛清した。
 もはや食堂の中は屍が山を築き、流されブチ撒かれた血肉と臓物が溜池となりつつあった。
――黒と灰の無彩色に映える、血の赤と黒鏖の瞳の翠。それに久鷹は、刃で縫い留められた両手の痛みも忘れ、茫然と見入っていた。

【続く】

19:08 | SS | 稲葉