その頃、藤神邸の表座敷では、パタパタと動き回る姉妹達を差配しながら、現在の長姉・桔梗が溜息を吐いていた。
「元気が良いのは構わないのだけれど、あんまりお庭を壊されると後の始末が大変なのよねぇ」
おっとりと上品に、さも家事の苦労をこぼす風に嘯いているが、お外で生命と存在を懸け闘っている約3名にしてみれば非情な事この上ない言い種だ。まぁ、藤神家に生まれる女子は大抵が母に似て女傑と相場が決まっている(本当の長姉・皓子からして、そうだ)。人死にの一人や二人、日常茶飯であるし、流血沙汰など洗濯物と繕い物が増える以上の問題ですらない。
「桔梗(ききょう)姉様も、菖蒲(しょうぶ)姉様のようにお嫁に行かれます?」
そんなに気苦労が多くてらっしゃるなら、と冗談めかすのは、現在の次姉にして桔梗の補佐役たる藤子(とうこ)だ。それには意味ありげな微笑みを返すだけにとどめ、桔梗は呟いた。
「良い殿御が、いらっしゃればね?」
――桔梗の科白は故なきものではない。藤神邸には都合、30人を超える未婚の同父母姉妹が暮らしている。が、あの両親の在り様を見て育てば勢い、男に対する審美眼は厳しくなってくる。それはもう、色々な意味で。一族の男連中に不足がある訳ではないのだが、やはり女の方が精神的にも能力的にも早熟であるだけに物足りなく思えてしまう。しかも、適齢を迎えた娘達は月の宮にも存在するのだ。女所帯で固まってしまっている藤神家の娘達には、いささか分が悪い。
かといって、結婚に餓えるほど男が欲しいわけでもない。けして奥手ではないのだが、自らを律し、行い正しく、堅実な女性として振る舞うことを、躾以前の家風として体得して生まれてくる彼女達にしてみれば、結婚とは本当に巡り合わせ。後はタイミングの問題でしかないのだ。
(けれど、そろそろ頃合いかしらね……)
呟く桔梗の胸には、旅立ちを促す放浪神の囁きが聴こえている。嵐兄弟と呼ばれる藤神家の男衆程ではないが、狼の血を引く娘達にも少なからず、流浪を求める心がある。次姉・藤子も落ち着いてきたところだ。長姉という衣を脱ぎ捨てる良い頃合いかも知れない。そうして姉・菖蒲も旅に出、生涯の伴侶と巡り逢ったのだから。
(でないと辛すぎます――お父様…)
胸にひとり想い描く、意中の男。その、優しく微笑みはしても決して振り返りはしない、情れない風を眼裏に秘め、桔梗は瞼を閉じた。水屋から自分を呼ぶ、妹達の声に応えながら。
【続く】