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2009 *05 17 トキメキ 〔17〕

 一方、その頃の闇の城では――、
続き
「……ハ、ッン…、ンンッ、ン、ン…」
 部屋の臥処で夫の膝に抱えられ、腰の奥所を貫かれて嬌声を上げる、もう一人の「妻」がいた。
 象牙の肌に流れる髪は、白に近い金。潤んで眇められた瞳は、藍玉を磨いて嵌め込んだような青。唇は喘ぐ吐息に濡れて赤く熟れ、乳房の上で尖り立つ乳首と共に石榴のようだった。胸の頂を弄い、柔肉を揉みしだかれる度に跳ねる身体は、人体の理想美を表した黄金率と言っても良い。
 今は艶かしくくねる女性体をとっているが、本来の性は男である彼の名は久鷹(くよう)。そして彼を妻とし、その肉体と交わす悦を欲しいままにしている男の名は、黒鏖(こくおう)。共に次代のスサノヲ候補として、闇の城に迎えられた青年達であった。
「今…日、こそは、きち…んっ、と、執務…に、就いて…貰う、から、な……」
 喘ぎに嗄れ、ひび割れた声で吐き出す久鷹の言葉に、黒鏖はせせら嗤いすら浮かべて囁いた。
「そう言いに来て、俺に抱かれていれば世話はない――」
 父親に酷似した美貌を残酷な笑みに歪め、彼が抱え込んだ腰を突き上げれば、妻は甲高い悲鳴を放って愛する男の腕の中、感じる身体を戦慄かせる。
「誰か代わりの者に出来る仕事など、其奴に任せておけ」
 それよりも、オマエにしか出来ない仕事――即ち自分の相手をしろと嘯く夫に、久鷹は涙ぐむ眦を瞠いて彼を睨みつけた。
「そん…っな、こと、ばか…り、して…いる、か…ら……」
 力量の上でも素質の上でも、まして生まれの上でも次期スサノヲに相応しいオマエを差し置いて、盟主は俺などを暗黙の内に後継と見なすのだろう。と、そんな恨み言を喘ぎ声の間に間に差し挟む久鷹を見て、黒鏖は俄か皮相な表情で片頬を歪めた。
「――スサノヲの位など、欲しい奴にくれてやれ」
 吐き捨てられた言葉には、暗に「オマエも俺もスサノヲを継ぐ者になど向いていない」と匂わす響きが宿っているのに気がつき、久鷹は怪訝に眉を顰めた。
「それ、は…、どう、いう、――…」
 意味だ、と問いかけた言葉は、皆まで声にならなかった。ひときわ深く穿たれた衝撃に久鷹は絶叫を放ち、同時に引き裂かれた背中の痛みに、慄く指を黒鏖の長い髪に絡ませる。喘鳴に近く荒れる久鷹の息を、さらに接吻で塞いで黒鏖は独り呟いた。
「二代続いての噛ませ犬は、俺一人で良い――」
 それに俺もオマエも、スサノヲになど向いていない。と、愛惜しげに囁く声は、もはや久鷹には届いていなかった。俺もオマエも、互いを喪っては生きていけないだろう? ――そう囁く、痛切な響きさえ。

【続く】

00:10 | SS | 稲葉