柴の玉垣を越え、真木の階を上って、檜皮葺きの本殿へと至る。
正面から見れば構えは本殿の幅ほどにしか感じられないが、奥には廻廊を通じて幾つかの建物が連なっており、それらが本殿そのものと周りを囲む杜の木々とに隠される形になっている。神殿と言うよりは寝殿、あるいは上古の王城を思わせる造りだ。一見して造りが明確にわからず、不案内な者では目的の部屋まで速やかには辿り着けない。
その中で暗鄭と翅彩が案内されたのは、本殿から右の廻廊に抜け、背にした山の懐に入る辺り。瀑布を間近に見る淵に高床の舞台を差し出した、所謂、渡殿である。
飛沫散らす滝の清涼な気が淡い霧と共に忍び入る板間の中央で、端然と座していた男の子は、人の足音を床板伝いに察した途端、弾かれたように立ち上がった。
「母上!」
「瑞輝(ずいき)!」
我が子の名を呼び駆け寄る翅彩を咎め立てする者は、今この場にはいない。ひしと抱き合う母子の姿に、暗鄭ですら微かな苦笑を忍ばせるのみだ。
――すでに剣霊である翅彩と暗鄭との間に生まれてくる子は、すべからく器物の形状を持つ。成長と共に人型を取れるようになっても、その本性は武具。たとえば長男・彩暗(さいあん)が小刀、次の双子が左右対の手甲というように。
そして彼らは武器である以上、父母と共に戦場に立ち、血の穢れを受けることから逃れられない。よってしばしば、こうして常葉の里にて清めを受けたり、あるいは己を鍛え、研ぎ澄ますために預けられたりするのである。
ちなみに、瑞輝と呼ばれた子の本性は左具足であり、先日、仕込み刃にて敵を仕留めた初陣の興奮を収めるため、常葉に預けられていたのであった。
【続く】