「あぁ、瑞輝。顔を良く見せて。身体の方は大丈夫?」
両手を頬に宛がってから、顔の造りを耳の裏まで確かめようとする母の指先に子はくすぐったがって身を捩る。それでも嫌がり振り払ったりしないのは、まだ母恋しい年頃ゆえに離れている期間が淋しかったのだろう。
解るだけに暗鄭も咎め立てはせず、再会を喜ぶに余念のない母子に代わって常葉に対し深々と頭を下げた。
「この度も、お世話になりました」
両親譲りの端整な外見とは裏腹に見かけより遥かに訥弁である暗鄭のこと、礼といっても出てくるのは、この程度の科白でしかない。
しかし、日頃からの妻との親交は元より子達の清めの儀に際しても暗鄭の内にある感謝の想いは到底、言い尽くせるものではない。どちらを欠かしても恐らく、彼ら一家の安寧は著しく脅かされるのだから。
すべてを承知して里の巫女は莞爾と笑い、
「我が上とも浅からぬ縁の方。お役に立てますこと、身に余る歓びに存じます」
再拝して礼を受け取り、少女らしい仕草で小首を傾げた。
「それにしても豊穣祭への出欠を戴いておりませんが、ご家族ともお越し頂けるのですよね?」
断りにくい状況で否と言いづらいい問いを向けてくる――このあたりも流石は彼の闘神の巫女かと内心、舌を巻きながら暗鄭は上辺、恭しく首肯した。
「それは、是非に……」
答えの歯切れ悪さに常葉は意地の悪い微笑みを収めると、ゆっくり頭を振りつつ背後の我が子から受け取った酒壺を両手に抱えた。
「お忙しい御身、無理にとは申しません」
ただ、貴方の無事な顔を見たがっている者が、ここにもいるのだということを忘れないで下さいね、と穏やかに言い添えると常葉は、手にした酒壺を暗鄭に差し出した。
「あまり御酒は召し上がらないのだとお聞きしましたが――…」
里の新たな神酒で清めにもなりますからお持ちくださいと差し出され、断る理由は暗鄭になかった。
【続く】