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2009 *05 26 トキメキ 〔26〕

「あー、いたー!」
続き
 口々に騒ぎ、兄弟の名を呼ぼうとする子らを制し、翠嵐はゆっくりと仔犬の方へ近づいていった。
 今日は、朝から家主の姿を母屋で見ていない。かといって何処かに出かけた風もなく、話も聞いていないから、おそらく「そういう」こと――妻と離れにシケこんで日がな一日、宜しくヤッているのだろう。そういう時、決して邪魔をするなと家人は主から厳命されている。腹が減ったら勝手に飯を作って食うし、席を同じくする気がある時は自分たちが出て来るから、と。
 なにせ常葉と違って一成は気紛れな上にプライドも高く、素直でなく、少しも大人しくしていない。顎人を神とも主とも思っていないあたりは、彼自身の自覚のなさとも相まって相性は良いのかも知れないが、とかく情れないこと氷山の如しなのである。
 そのクセ、一旦、堕ちると途端に可愛く素直に甘えるわ欲しがるわで、この家の主はすっかり骨抜きなのである。所謂、これが『ツンデレ』というヤツなのかと、翠嵐などは思ったりもするのだが。他人様の趣味をとやかく言うほど彼も野暮ではない。
 とどのつまりは、家主が愛妻を構うのに専念したいがために作られた離れである。馬ならぬ虎に蹴られぬ内に退散するが吉だ。
 家主がわざわざ夫婦の居室を離れに仕立てたのには訳がある。――一成の喘ぎ声はデカいのだ。しかも我を忘れる程の深みにハマると、普段以上に啼く上に声を殺すことさえ忘れる。
 これでは子らの教育上、宜しくなかろう――というのは建前で、そんな妻の艶かしい声を思う存分、堪能しつつ独り占めしたいという非常に手前勝手な、もとい欲求に忠実な理屈から離れは建造されているのである。
 よって、触らぬ神に祟りなし。ここは、さっさとあの子を回収して離れるかと、翠嵐は足を急がせた。耳を澄ませば案の定、離れの中からは甘ったるい声のやり取りが洩れ聴こえて来る。

【続く】

09:23 | SS | 稲葉