キラン、と白い尾を曳き星になったのは、この家の主ではなく妻の方だろう。『計都(けいと)』と異名をとる流れ星、その具象たる天狗(てんこう)の姿を持つ一成だ。その気になれば百万由旬も刹那で越える。
音速の彼方で飛び去った後ろ姿を一同が見送った後、遅ればせ離れから飛び出して来たのは、
「待てコラ、一成ッ!」
やはり当家の主・顎人だった。ものの見事に顔面に蹴りくれられたのか、表情は真っ赤になった上に涙目で、押さえた手の下からは鼻血すら噴いている。
母が母だけに御愁傷様との同情を禁じ得ないまま、翠嵐はニヤニヤ笑いを噛み殺した表情で垣根越し、縁側の顎人を見上げた。
「晩飯の時間ですぜ、旦那」
そんな翠嵐を、顎人は嫌そうな顔で見据えると、
「今、それ処じゃねぇ! ガキ共つれて先に食ってろ!」
と、唸るが早いか、着流しでも羽織るように身を揺すり、自らも漆黒の虎姿となって宵闇迫る空の彼方に飛び去った。言うまでもなく、先に飛び去った妻の後を追ったのだろう。
「ばいばーい」
「いってらっしゃーい」
などと口々に挨拶をし、翠嵐の背中から手を振る子供たちばかりが暢気だ。
「いいか、オマエら。大きくなっても、女の尻ばっか追いかけてちゃダメだぞ?」
――妻・弥天を送り狼よろしく尾けに尾け、追い回して射止めたオマエが言うなとツッコミたくなるような翠嵐の科白にも、子供たちは無邪気だ。
「はーい」
と口を揃えて返事をし、良い子の手を上げている。しかし、その後でヒソヒソ小声で子供らが話す中身を聞き、翠嵐は思わず噴き出した。
「とーさん、ケンカよわいんだね」
「えー? なんでー? とーさま、つよいっていってたよ?」
「だって、さっきのとーさん、せなかにいっぱい、けがしてたもん」
「あ、しってるー。せなかのきずは、にげきずっていうんだよ! にげるときに、できるから!」
「にげるって、てきから?」
「かーさまみたいに、かてないひとからだよ!」
「だから、とーちゃんは、よわいんだ」
「ねー?」
「ねー!」
「ふーん」
……さっき父親の背中にあった傷は逃げ傷ではなく単なる爪痕で、しかも母親がつけたにはつけたんだろうが決して喧嘩や攻撃のためではないのだと、教えてやろうとして翠嵐はやめた。
子供らの言うことは当たらずとも遠からずであるし、何よりそれではつまらない。親の口からか実体験からかは知らないが、真実を知った時が見物だなと、相変わらず翠嵐は父親譲りの狼面を人の悪い笑みに歪めていたのだった。
【続く】