『葉月、来られるか?』
由良からの唐突な心話を葉月が受けたのは、すでに本日の業務を開始した陽宮でのことだった。
ツクヨミに『月の宮』があるように、アマテラスである彼にも棲まい統べるべき『陽の宮』がある。尤も、主人たるべきその宮の中に、葉月が日の半ばも居ないのは公然の秘密だ。
差し出される書類に目を通し、手早くサインをして判を付き、あるいは却下を告げて突き返す。その合間に面会をして閲兵を済ませなどしている彼は、実は昨晩、寝ていない。寝ずに何処に居たのかと言えば、これまた公然の秘密。
心話を受けた葉月は、「愛佳だね?」と言うや否や、そこが何処かと問うこともなく、ましてや「少し待って」との断りもなく一気に跳んだ。跳躍する先は違わず月の宮――愛佳の寝所がある奥殿だ。
「どうしたの?」
と、葉月が問う声は、「すまん」と告げた由良の言葉と相殺された。過度な装飾は廃された月の宮で、こればかりは愛佳の要望と男二人の都合が一致した天蓋付きベッド。微かに向こうの燭が透けて見えるレースの奥に横たわる人影が――充分に「その時間」を迎えているにも関わらず――一向に眠りに就こうとしていないのを見咎め、葉月はすべての事情を悟った。
「愛佳、……」
「と、言う訳だ。」
心配そうに顔しかめ、額に手を当てる葉月と、皆まで言葉を尽くさぬ由良。これで通じあっているのだから、同じ女に惚れぬいた弱みとは恐ろしいものだ。
「もういい加減、日も高いんですから」
早く寝なくては身体に障る、などと苦言を呈す当の本人が、昨夜は一睡もしていないのだから説得力も乏しい事この上ない。
それでも執務中の愛人を、無理を言って呼び出した引け目はあるのだろう。愛佳は、「はぁい」と生返事をして、手にした掛布を額まで引き上げた。その後で、ちょろっと引き下げた白布の端から目許だけ覗かせて言うことには。
「寝るから。眠るから、ちゃんと。だから、……」
ちゅーして? と、可愛らしく精一杯の「おねだり」を向けられ、これには互いに顔を見合わせるしかない由良と葉月だった。
【続く】