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2009 *05 31 トキメキ 〔31〕

「あの分だときっと、『世界樹の庭』の方に向かったんだと思いますよ」
「あっ、……」
 すぐバラしたんじゃつまらねぇだろとボヤく青嵐を後目に、思わず顎人はホッと安堵の息を吐く。
続き
 『世界樹の庭』とは、一成の本性でもある世界樹という名の大樹が根付いた空間だ。ある意味で一成独自の結界とも言え、本体の世界樹に何か異変でも起きない限り、彼にとっては絶対安全な場所だ。ひとまずは、まっすぐそこに向かって辿り着いてくれたのなら問題はない。一成の身の安全は保証されたも同然だ。
 と、そこで顎人は、もうひとつの肝心な問題に気がついた。世界樹の庭には一人、いや一頭の守護者がいる。龍淵(りゅうえん)という名のこの雄竜は、母親である一成に岡惚れしている上に顎人を目の敵にしている。父親たる男の命じた「庭を護れ」という言葉と、「役目果たせずば死ね(殺す)」との公言を守っているというだけではあり得ない、あの執拗な妨害が顎人には厄介だった。
 強引に突破しようとしてできない訳ではないが、力ずくは避けたい理由が顎人にはある。――父親は、どうあれ。曲がりなりにも一成の子だ。しかも、その本性たる世界樹と『庭』を護っている守護者に滅多な真似はしたくない。
 一瞬、考えあぐねた顎人は、即座に名案が目の前に存在することに気がついた。
「青嵐ッ!」
「断る。」
「テメェ、人の話は最後まで聞けッ!」
 かぶり寄りまで詰め寄った顎人に対する青嵐の反応は、にべもなかった。まるで珍漫才の如くだが、これを夜中の海上で虎と狼が演じているのだからシュールなことこの上ない。
 青嵐は背中の慕鼓を乗せたまま器用に後肢で顎下を掻くと、欠伸混じりの大口を開けて呟いた。
「話なんか聞かなくても判るッスよ。世界樹の庭に暗星通路を開けってんでしょ?」
 その、かったるそうな物言いにムカッときつつも顎人は、大人しく頷き返す。腐っても、こちらは要望を叶えて貰う方だ。あまり威圧的な態度には出られない。――まぁ、中には平気で上から人に物を言う連中もいるのだろうが。
 青嵐は背中の妻がハラハラと見守る前でも泰然自若、マイペースを保ったまま顎人に断る理由を述べ始めた。
「確かに俺たち兄弟の開く暗星通路は、親父と同じで『庭』にはフリーパスですがね。無闇矢鱈と開くなって、お達しが出てるんですよ――お袋から。」
 それを聞いた顎人は、思わず「うーん」と唸り込んだ。

【続く】

21:15 | SS | 稲葉