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2009 *06 02 トキメキ 〔33〕

 ……その頃、世界樹の庭では、一匹の柴犬がぷっちりぷっちりと大木の葉を毟っていた。ぷっちり、ぷっちり、と無造作に摘まれた木の葉は今や、彼の傍らにこんもりと小山を成そうとしている。そんな中、――。
続き
「どぅわぁああぁーっ!」
 音もなく開いた暗星通路の出口から転がり出て来たのは、満身創痍となった黒虎。どうやら『中』もタダでは通す仕様になっていなかったらしく、毛皮のあちこちがハネたりコゲたり大変な有り様だ。
 騒々しく転がり出て来たかと思えば、そのままの勢いで世界樹の根元にある昏い淵にバッシャーンとハマりこんだ虎さんに、背を向けていた白柴の耳がピクリ、と動いた。
「あのヤロ、後で覚えてやがれ――…」
 エライ目に遭ったらしい顎人は、太い前肢を淵の縁に掛けて岸に上がると、ブルッと身震いして毛皮の滴を飛ばした。その上から、
「――はい。」
 やおら、ドサッと降り注いだ大量の木の葉に、
「ぶわっ!」
 再び顎人は悲鳴を上げて身を揺すった。
「今度は何だーッッ!」
 次から次への災難にパニックも極まれりになった虎が、木の葉の山の下から顔を突き出すと、その頭のてっぺんで気熱に煽られた葉が、じぅ…と萎れて針のようになる。
「なにって、紅茶作ろうと思って。」
「出来るか――ッ!」
 頭の上でチリチリになった木の葉を集めていたわんこに、思わず吼えて顎人は毛並みを揺すった。――紅茶は日本茶と違い、茶葉を発酵させて作る。摘んだ葉っぱを蒸したの煎ったのしただけでは、荒茶か煎茶にするのが精々だ。しかし、パラパラと頭の上から落ちて来る葉っぱは、確かに煎茶というよりは紅茶のような匂いがする。
「だから、出来るってゆったのに……」
「――どうやって?」
 思わず洩れたツッコミは、顎人ならずとも吐きたかったことだろう。それには答えずわんこは、せっせと顎人の身体に付いた茶っ葉を拾い集めている。その、どこか拗ねてはいるが、どこにも怪我を負った気配のない姿を認め、顎人はホーッと心から安堵の息を吐いた。

【続く】

13:40 | SS | 稲葉