「あんま心配させてくれんなよ……」
抱擁と共に、思わず洩れた呟きは、たちまちぷーっと膨れるわんこのブーイングによって応酬された。ぷいっと膨れっ面で横を向いてしまった柴犬(小)に、顎人は黒虎姿のまま眉…にあたる部分を下げ、吃り吃り囁いた。
「さっきは、その、悪かったよ……」
ぼそぼそと歯切れ悪く伝える間にも顎人の上に世界樹の葉は降り注ぎ、その輪郭を漆黒の毛並みに溶け込ませていく。それが、紅茶葉を作ると言っていた先とは違い、ただひたすらに穏やかな癒しの気配を纏っているのに気がつき、顎人はハッと腕の中の仔犬を見つめた。
一成の本性でもある世界樹の葉には、別名『癒しの葉』とも呼ばれる高い治癒効果がある。それを惜しげもなく降り注ぎ、この身に溶け込ませているということは、一成が己の傷を案じ、癒そうとしてくれているのだと、遅ればせながら顎人にも悟られたからだ。
どんなに情れない素振りでそっぽを向いていようとも、その想いは自分に向いているのだと思えば、顎人の中で守るべきプライドなど無に等しかった。
「さっきは、悪かった。」
ぺこり、と下げた虎の額に、こつん、とわんこの額が当たる。それがスリスリと擦り付けられる仕草で、とっくに一成が自分を許しているのだと悟った顎人は、地べたにぺたんとお座りしたわんこを包む体勢で横になり、その腹に小さな身体を抱え込んだ。
「さっきは、そういう気分じゃなかったんだよな? なのに無理強いして、悪かったよ。」
訥々と呟くように謝っては、耳の後ろや項を甘咬みして撫で擦る虎の腹に、わんこはお座り姿勢を解いて、ぽてころ、と凭れかかる。
――そうなのだ。一成は実に性的モラルが低く、マゾヒストでもあるので、例えば他人に見られながらする羞恥プレイなどを悦んだりする。だが、同時に非常に気紛れで気難しかったりもするので、そんな気分でない時に、その手のプレイを仕掛けると、途端に機嫌を損ねてしまう。
さっき離れで致していた時、外に子供たちがいて聞き耳を立てていることは、顎人は勿論、一成も知っていた。だが、そうやって子供に覗かれながらするのがイイのだろうと、半ば揶揄いや冗談を込めて囁いたのが、今回は違って一成の逆鱗に触れたらしい。
そういえば、フリではなく本気で拒んでいるらしい様子だったのを、調子に乗って煽った部分もあったなぁと、今更ながらに顎人は反省する次第である。
それもこれも半ば運次第と言おうか、タイミング次第なのだから、一成は付き合う相手としては厄介な相手だ。けれど、その厄介な相手に惚れてしまったのだから仕方がない。げに儘ならぬは恋心というヤツである。
こればかりは人も神も、想うに任せぬものらしい。もっとも、顎人は自分のことを神だなどとは露程も自覚したことはないのだが。
【続く】