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2009 *05 03 トキメキ 〔3〕

 ふぅ、と吐かれた溜息は、ほとんど同時。まるで双子のように同期して身を屈め、ベッドの上に片膝ついた二人は、左右両方から唇寄せて、愛する女神に傅いた。
「「愛してる」」
 だから、おやすみ。と告げる、異口同音の囁きは、くふくふと微笑う愛佳のほっぺたに吸い込まれて消えた。
続き
 ――丁度その頃、月の宮・外殿で、似たようなキスを飽かず繰り返す対がいた。
 白い頬に唇受け、憂いの色濃い瞳を上げたのは、次代のツクヨミと目される娘・秘女(ひめ)。その横顔に恭しい接吻けを送っていたのは、今は眉目秀麗たる美丈夫姿を取る彼女の対・皓子(こうし)であった。
 日頃は「黒の秘女、白の皓子」と並び称される美女の姿を取る『彼』も、今は結い上げ髪を総髪に下ろし、項の部分でまとめるだけにとどめ、その身には眼にも眩しい白銀の戦装束を纏っている。決して華奢ではなく、さりとて武骨でもない。相応に鍛えられていながら、その身体に鎧具足を纏って尚、常からの華を失わない皓子の出で立ちは、充分に見惚れるほど人目を惹くものである。……それだけに、秘女には切ない。
 これから彼が赴く戦場にて、それがどれほど危険なことであるか。人目を惹くということは、とりもなおさず敵の狙いを受けやすいということでもある。普段は愛しく誇らしい伴侶の麗しさが、この時ばかりは恨めしかった。
「すぐ、帰るわ」
 そう言った皓子に、秘女は眉を逆立てて反論した。
「やめてよ! 変なフラグ立つから!」
 すぐ帰る、必ず帰ると戦場で約束した恋人は、帰ってこない――そんなジンクスを気にした秘女の言葉に、皓子は笑って首を傾げた。
「あら、私が貴女とした約束を守らなかったことがあって?」
 そう、穏やかに告げる皓子の声に、秘女はフルフルと頭を横に振って呟いた。
「――ない。」
「だったら、……」
 私は必ず、貴女の許に帰ってくるわ。確かな誓いを皆まで口にさせず、言霊ごと唇を奪った秘女を、皓子は力強く抱き寄せて出陣の接吻けを交わした。

 ――と、そんな広間の光景を、遥か高みにある閲兵用テラスから見下ろしている影があった。

【続く】

10:46 | 未分類 | 稲葉