「皓子ー!」
呼ぶ声に、回廊の途中、皓子(こうし)と呼ばれた影は立ち止まった。藤色がかった白い髪を、高位の女官に定められた形に結い、ゆったりとした衣の裾を払いつつ振り返る姿は、行儀作法の手本そのもの。しかし、その面に浮かべられていた無表情が、ふわりと緩むのを見れば、彼女の態度が生まれ持ったものではなく、自らの努力によって身につけられたものだと知れる。
「……秘女。もう子供ではないのだから」
そのように大声を上げ、駆けよってきてはならないと、たしなめる声すら甘いなら、告げられた当人にすら効き目がないのは無理もないこと。秘女(ひめ)と呼ばれた少女は息せききらせ、それでも長い衣の裾を摘まんだまま皓子の許まで到ると、弾んだ息を吐き吐き彼女に言った。
「――皓子、見てみて!」
揃いの女官服を仕立ててもらったのだと、誇らしく告げる秘女が身に纏うのは、皓子のそれとは少しだけデザインの違う女官服。色こそ白で統一されているが、様々な意匠、織り、飾りによって、月の宮の女官服は区別されている。
皓子の身に纏う女官服は外向き――来賓の接遇や外交上の使者などに立ったりする役目の者が与えられるものだ。反面、秘女の身を飾った白いドレスは明らかに内向き――今でこそ、ぽやっとしていると思われている秘女であるが、月の宮の情報にかけては誰の耳に入るより早い情報通だ。しかも面倒見が良いとあって、子供たちはおろか宮の使用人たちにすら受けが良い。……これは適材適所の配置だなと見てとった皓子は、微かに苦笑って首を傾げた。
【続く】