「今までと同じ事をして、お給金が入るのなら儲けものでしょう?」
そんな皓子の口振りに、秘女はますます頬を膨らせ従姉の手を押し返す。
「そういう問題じゃないのー! ……そういう問題じゃ、ないんだから。」
同じ言葉を二度、やや語気を弱めて繰り返した秘女に、皓子は眼を細め首を傾げた。
触れた頬から伝わってくるのは、少しの誇負と口惜しさ。ほとんど生まれを同じにして、けれどいつも一歩、先を行ってしまう従姉。今度こそ追いついて、同じ職場で働けると思っていたのに。やはり隔てられてしまうなんて。そんな想いがありありと解る表情であり、気配であった。
その気持ちは解らないでもないけれど、と皓子は苦笑しながら想う。けれど、隔てられてしまった時と場所が口惜しいのは自分も同じなのだと言ったら、この可愛い従妹は何と答えるだろう? ――それは恐ろしくも甘美な、禁断を前にした煩悶だった。
考えるだけ詮なき物思いを打ちきり、皓子は軽く秘女の頬を撫でると、そっとそこから手を離した。
「しっかりなさい。その服を得たということは、それに相応しい覚悟と責任が求められるということよ?」
言わずもがなの戒めを、再び告げる皓子に、秘女は「はぁい。」と僅かなムクれを引きずって答える。しかしそれも彼女の紫翠の瞳に会って、たちまちに消え失せた。
「わかってるわ、皓子。赤ちゃんたちは、ただでさえ危なっかしくて目が離せないのに。ココの子たちは、それに輪をかけて危ないんですもんね」
それはもう、いろんな意味で――との思いを言外に含ませた秘女に、皓子は深く頷いて彼女を抱きしめた。
「えぇ、――気をつけて。これからは何かあっても、いつも傍に居られるとは限らないのだから」
そう、噛みしめるように伝える皓子の背に、秘女はギュッと腕を廻して拳を握りしめる。それこそが、淋しさと心許なさの源なのだと教えるように。だが秘女は次の瞬間、パッと身を離すと、間近から皓子の顔を覗きこみ、ニッコリ笑って、こう言った。
「皓子こそ、気をつけて仕事してくれなきゃイヤよ? ……私、待ってるんだからね?」
いつも、いつでも。そう伝えるや否や身を翻し、飛ぶように駆け去ってしまった後ろ姿を見送り、皓子は儚い溜息を吐いた。自覚あってか無自覚か、妙な部分で勘の良さを発揮する従妹の変わらなさを憂いながら。
【続く】