皓子の憂いは、図らずも的中することとなった。
――第一報を受けたのは夕課の務めを終え、そろそろ本日の仕事を締めようという頃。内宮奥殿に届け物をしに行った女官が、転げるようにして皓子の詰める外宮女官司室へと戻って来た。
「皓子様!」
乱れた息に切れ切れになった第一声を聞いた時点で、すべてを皓子は察していた――他ならぬ、秘女の念話として。
《……皓子、皓子、皓子、皓子っっ!》
悲鳴のように、呪文のように繰り返される己の名と、雪崩れこんでくる青褪めた感情。それは、女と生まれた者が最も忌み嫌い、さりながら避け得ず被る可能性を懐き続ける屈辱そのものであった。
その気配を察した刹那、皓子は己が真二つに分かれるのを感じていた。同時に、彼女の姿を眼にした女官は、その輪郭が陽炎たつ焔の如く、白く揺らぐのを見た。
女官の報告を皆まで聞かず事態を悟った皓子は、直ちに席を立つと拳を卓上に叩きつけ、高らかに宣言した。
「守備隊に伝令! 現在交戦中の賊は陽動の可能性あり。敵の狙いは奥殿・若葉ノ間。第1隊の派遣を請う!」
弾かれたように女官の一人が室外に駆け出し、皓子の意に添う旨を態度で示す。それと前後して間髪入れず身を翻した皓子は、来賓接遇用の装いを脱ぎ捨て、ごく軽装の女官服となると、傍らに立つ補佐官に一瞥もくれず宣した。
「以後、外宮女官司の権限は副司に移行。――私は、出ます。」
後をお願い、と押し殺した声で囁いた皓子の言葉に否やを唱える者はなかった。
彼女が育ての親たる先代死神・雷閃にありとあらゆる技術の手解きを受けた事は噂に高い。しかも今、目の前に噴き上げる白焔の如き気炎を見れば、その実力の程は疑うべくもなかった。
女官らが眼を剥いたのは、其処ではない。普段は冷静沈着を絵に描いたように落ち着き払い、卒なく務めをこなす皓子が、これ程までに態度を豹変させるとは――その異常事態にこそ驚きを禁じ得なかったのである。
「……皓子様、…」
思わず声をかけた女官の前、彼女は揺らぎ立つ陽炎とは裏腹に、婉然と微笑んで口の端を吊り上げた。
「大丈夫、心配しないで。すぐに、終わらせてあげる――…」
それが、死神を師に持つ者が吐くに相応しい死刑宣告だと気がついた者は、幸いにしてこの場には居なかった。
次の瞬間、一気に跳躍し、皓子の姿は彼女を喚ぶ者の待つ場所――若葉ノ間へと移っていた。
【続く】