若葉ノ間で、秘女は絶体絶命のピンチに陥っていた。真っ先に事態に気がついたのが彼女であり、また対応できた唯一であったからだが、それにしては取った手段が不味かった。
――事の起こりは今より少し前。夕食を控え、秘女は若葉ノ間で子供たちに遊んだ玩具の片付けをさせていた。赤ん坊の世話係たちは交代で風呂に入れるため、彼らを連れて出払い、残っていたのは幼児と世話係、そして秘女だけだった。そこへ、見慣れぬ男たちのが闖入して来たのだ。
ひと目見た瞬間、秘女は怪しいと悟った。ただでさえ女所帯で男の少ない月の宮で、しかも見覚えのない制服を身に纏った連中が、徒党を組んで部屋に現れる謂れがない。最近組織された警備隊は、その殆どが月の宮で生まれた子供たちで構成されており、総じて年若い。そして憚りながら自他共に認める情報通の秘女が、彼らの名と顔が一致しないなどとはあり得ない。
これは賊だ――しかも、皓子が案じていた類の子供たち目当ての連中だ、と察した時点で秘女の取った行動は早かった。
「みんな! 伏せっ!」
掛け声がかかった瞬間、その場にいた子供たちは手に手に持っていた玩具を投げ出し、揃って床に俯せる「伏せ」のポーズを取った。秘女の教育の賜物である。
何事かあった時には「伏せ」と叫ぶから、それを聞いたら頭を庇って俯せろ。――前々から非常時に際しての対応は言い含められていた子供たちであったが、その浸透のほどは今一つであった。それを憂いた秘女が着任早々、一計を案じたのである。
名付けて、「みんなで『伏せ』ゲーム」。「伏せ!」と掛け声があったら俯せる。その速度を競うだけという単純極まりないルールの、このゲーム。単純なだけに効果は絶大であった。しかも秘女は毎日の日課の中に、このゲームを組み込んでしまったのだ。今日も、昼寝の前にやったばかりであった。ちなみに、「伏せ」と言うと昼寝で寝つこうとしない子も横にはなるので一石二鳥だったりもする。
ともあれ、その効果の程を一面に広がった後頭部の海で実感した秘女は、続け様に手を振ると、他の女官たちに子供らを抱えて下がるように指示し、自分は独り、敢然と賊の前に立ちはだかった。
【続く】