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2009 *06 21 白き焔 〔8〕

 秘女が引き抜いた得物は――猫じゃらし。
続き
「うわ~んっ! 違う違う~っ!」
 猫科に属する子供たちをじゃらすため、こっそり懐に忍ばせておいたものではあるが、これでは賊とは戦えない。怒りに交え、愚弄されたと憤り、眉間や顳をヒクつかせる賊の前、
「てぇ~い!」
 改めて秘女が抜いたのは、ごく細身のレイピア。吹けば飛ぶような、針にも似た刀身のそれを見て、今度こそ賊どもは失笑に口元を強張らせた。
 なるほど、確かに女の細腕で扱うには適した武器だろう。護身の意味では役に立つかも知れない。しかし、敵を屠り、斃すには、あまりに非力な武器であった。
 怒りの沸点も振り切った状態で、賊たちは堰切って秘女に襲いかかった。――と、先頭の幾人かは秘女の振るった刃の切っ先が宙に掻き消えるのを眼にした。だが、それが何を意味するのか理解した者はいなかった。
 確かに自分たちに向けて振るわれた筈の刃。しかし、それが到る前に霧散したのを見て、賊たちは失笑に鼻を震わせた。おそらく、剣が動きに耐えず折れ欠けたのだろう、と侮ったのが彼らの運の尽きであった。
 一旦は勢いを緩め、たたら踏んだ足を、再び勢いつけて迫り寄ろうとした刹那。
「――ハグ…ッ」
 前列二名が不意に喉元を押さえて仰け反り、まるで巨人の指にでも摘まみ上げられたかのように宙を舞った。唖然としたのは、後続の連中である。すぐ後ろにいた者は、宙吊りになる彼らの巻き添えを食って薙ぎ倒された。そのさらに後ろにおり、危うく難を逃れた男たちは見た。仲間を宙吊りにしたものの正体を。
 それは大きく弧を描いて背後より飛来した、一本の鋼線であった。辿れば、それは秘女の手にあるレイピア用の柄に繋がっていると判る。だが、如何なる妙技で鋼線と変えた刃を宙に舞わせ、二人の男の首に巻き付けて吊り上げたのか。その技術のほどは、彼らの想像の埒外であった。

【続く】

22:30 | SS | 稲葉