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2009 *06 22 白き焔 〔9〕

「ちょあ~っっ!」
続き
 掛け声こそ珍妙だが、威力の程は凄まじい秘女の愛器・竜髯刀の前に、次々と賊は薙ぎ倒されていく。とはいえ半ばは鋼線と化した刃に吊り上げられた男二人が仲間に躍りかかり、彼らを薙ぎ倒していたのだが。ともあれ、秘女の間合いを恐れた賊たちは、彼女からやや離れた位置に陣取り、その周囲を取り囲むと、ジリジリと包囲網を狭める戦法に出た。
 如何に使い手の膂力を助け、意のままに動く竜髯刀とは言え、扱うのはあくまで秘女自身だ。息の上がった姿を見るまでもなく、彼女の力が限界に近づいているのは明白だった。危険を冒さずとも力尽きたところを一斉に飛びかかれば良い。そんな思惑の見え透いた布陣であった。
 解っていても秘女には打つ手がない。せめて囲みの一点なりと切り崩そうと迫っても、押さば引き、引かば押すといった相手の動きに徒な消耗を促されただけだった。
(……も、ダメ…、皓子ぃ――…)
 ガックリと膝を落とし、竜髯刀を引き戻した秘女は、朦朧となる意識の縁で対の名を呼んだ。助けを乞うたわけではない。しかし、勝機と見て迫り来る賊どもの気配が解っても、為す術のない状況の中、他にす縋るべき名を持たなかっただけだ。今にも敵の刃か振り下ろされる、――その時。
「退がり居れ、下郎ッ!」
 鋭い一喝と共に赤い結界内を白光が満たし、それは敵を弾き飛ばす攻撃となって、押し寄せた賊どもを秘女の傍から跳ね返した。
「――皓、子…」
 切れ切れな息の合間に、押し出すようにして秘女は、従姉の名を呼んだ。いやまさか、でもだって――来る筈のない、けれど誰より来て欲しかった援軍の現れに、秘女の涙腺は決壊寸前だった。
 その堰を切らせたのは、返り見た皓子の柔らかい眼差し。彼女は敵に向けていたのと同じ紫翠の瞳を、ふっと細めて秘女の方を振り返ると、その口許に困った風な苦笑いを浮かべて溜息を零した。

【続く】

22:37 | SS | 稲葉