「――そう。」
呟くように相槌うった皓子の声は、極寒の大地さながらであった。ヒョウ…、と吹き過ぎる風に氷雪を孕む。
(はれ? はれはれはれ?)
何故、そんなことになるのか、まるで解らぬ秘女は、混乱の極致で目を回しながらも、必死に落ち着こうと努める。そんな彼女の許に、トドメの一言が皓子の口から降った。
「上手くいくと良いわね……」
――それは、艶然たる微笑みと共に。刹那、ズキリ、と胸を刺した痛みが何であったのか、秘女には解らなかった。解らなかったけれど、ズキズキと痛む胸を抱えて、秘女は唇を噛み締めた。
「――じゃあ、打ち合わせを続けるわよ」
この話題はそれきりだと切り変え、何事もなかったかのように淡々と続ける皓子の声に、とうとう秘女は音を上げた。彼女は手にしていた紙束を皓子に投げつけると、
「皓子の…、バカ!」
怒鳴りつける言葉を捨て科白に、踵を返した。そうして走り去ってしまった秘女の後には、ヒラヒラと舞う白い紙片と、呆気に取られた皓子の姿が残されていただけであった。――もっとも、その顔はすぐに、口惜しげな渋面に取って代わられたのだが。
【続く】