対面の入口から人影が姿を現した瞬間、ザワ、と目に見えて観衆はざわめいた。
……現れたのは、白い衣に銀糸の刺繍を飾った軍服姿の美丈夫。その面差しに、誰もが見覚えを感じたが、同時に「まさか」とも想った。
普段は高く結い上げている髪を下ろし、項の部分で纏めるだけにとどめ、両頬には緩く垂れた房の陰影が掛かる。腰に剣を、肩には鎧と外套を纏う、その姿は紛れもなく軍人のもの。そればかりでなく凝らされた意匠から、それが月の宮守備隊の隊長服と解る。守備隊長の典礼装を身に纏い、姿を現した彼は、しかし豪毅ではなかった。
「――皓子、…」
息呑んだ秘女が呟くまでもなく、どよめいた観衆のすべてが察しをつけていたであろう。両性具有であるとの噂も流れていた皓子が実際に、そして秘女にも初めて見せる男性体の姿であった。
泰然と、肩で風切って歩み来る皓子の所作は、紛う方なき武官のそれ。
「……、――…」
思わぬことに茫然と、いや、陶然と『彼』の姿に見惚れていた秘女の前。ゆっくり立ち止まった皓子は、軽く首を傾げて笑みを刷き、さりげない仕草で手を取る腕を差し出した。
それがエスコートを促すものだと後れ馳せながら気がついた秘女は、慌てて皓子の腕に飛びつく。と、慣れぬ裳裾の長いドレスが災いしたのだろう。クン、と目に見えてつんのめった秘女は、前向きに宙へ放り出される結果となった。
「きゃ、…!」
「――ッ!」
壇上とあって流石に押し殺した悲鳴を上げた秘女が身を竦めるのと、咄嗟に腕を伸ばした皓子が彼女の身体を受けとめるのとは、ほとんど同時だった。
【続く】