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2009 *09 01 彼氏彼女の事情〔1〕

「豪毅(ごうき)!」
 月の宮での大祭を前に、『麒麟の里』からの来賓として招かれていた風早(かざはや)は、偶然、通路で見かけた知人に、そう呼びかけた。
続き
「風早、……」
 呼び返す声に、いささか覇気が欠けて感じられるのは、服装のためばかりではないだろう。
「どうしたんですか?」
 その装いは、と皆まで口にしなかった風早の思いがわかったのだろう。豪毅は苦笑めいた渋面になると、緩く頭を振って肩を竦めた。
「追い剥ぎに遭ってな、身ぐるみ巻き上げられた」
 と、そう冗談めかす豪毅の装いは、何も素っ裸だったわけではない。横に並ぶ副官らと同じ軍服だ。
 しかし、これは彼に限っては異なことだ。なにせ豪毅は現役の月の宮守備隊長なのだから。こんな祭礼の場に臨む際には、務めに相応しい装いのひとつもあるだろう。それをせぬ理由に、「追い剥ぎに遭った」などとは。
 心なし咎める風な、あるいは心配する風な風早の視線がわかったのだろう。困り顔で横頬を掻く豪毅の隣では、副官の一人である達帰(たっき)がクスクスと笑っている。
「追い剥ぎって言うのは、言い得て妙ですよね」
 どうにも歯切れの悪い豪毅に代わり、事情を知るらしい達帰が脇から言い添える。それにも訳がわからず、盛大に「?」を乱れ飛ばす風早の前、とうとう豪毅は根負けして、事の次第を話す口を開いた。

【続く】

00:16 | SS | 稲葉