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2009 *09 06 彼氏彼女の事情〔6〕

 早朝、まだ明け染めた夜の気配が色濃く残る黎明の中、二人は練兵場で対峙した。
続き
 皓子の得物は中世の宮廷騎士もかくやと思わせる細身のサーベル。対する豪毅の得物はクレイモアと呼ばれる幅広な長剣だった。本来、両手で振るうべきそれを、彼は必要とあれば片手で難なく扱う。その振り抜きの速さ、そして彼自身の獣態とも相俟って味方からは『獅子刀』と渾名されている剣であった。
 そう言えば、と豪毅は思い出す。皓子の腕前が噂に上ることはあっても、その愛器が渾名せられ、あるいは異名を取った話を聞いたことがない。――師・雷閃からして愛用の武器は只に『ランス』としか呼び習わされていない。そんな処も師弟で似通っているのだろうかと、そんな詮なきことを考え巡らせ、豪毅は溜息と共に一笑に付した。
 あの刃の切れ味なら、この数日、幾度となく目の当たりにした。その度に、刃を交える時を心待ちにしてきた。……そう、部下の勝利よりも相手の勝ちを確信し、味方を応援するどころか、その敗北によって巡り来る好機こそ待ち望んでいた。そんな、ひたすらに戦いだけを求め猛る血が、自分の中にも眠っていたのだと、気づいたことが何よりの驚きだった。
 特別に審判役を買って出た由良が、仕合いの開始を促して二人を練兵場の中央へと誘う。いざ、と吐く言葉の代わり、ジャリ、と足下の石畳を鳴らした豪毅に、皓子は婉然と微笑って、
「お手柔らかに。」
 と、そう、いつかと同じ科白を嘯いた。

【続く】

18:28 | SS | 稲葉