雷閃の姿が白い光に落ちる影の中、朦朧と霞み始める。来た時は確かに両足を使っていたにも関わらず、その様な移動の手段を見せたということは、彼が月の宮の地下ではなく異なる空間に跳ぼうとしている証だった。
ゆらゆらと、水面に映る月影の如く雷閃の姿が揺らぎ消えかけた、その瞬間だった。身の丈五倍、胴回りは彼の腕の倍ほどもある蛇身の竜が躍り上がり、雷閃の片頬に薄く傷を刻んで駆け抜けた。
刹那、迸ったのは哄笑。――否、至極満足げな愉悦を燻らせた含み笑いだった。クツクツと喉を鳴らして雷閃の影が消える。後に残されたのは凄惨な流血図と、駆け抜け様に送られた返し技で脇腹を裂かれた黒翼蛇の姿のみだった。
「――クゥ、…」
黒鏖、と一度は形になった筈の言葉を再びすることは出来ず、幼い仔犬にも似た鳴き声をたてて久鷹は倒れ伏す翼蛇に呼びかけた。見れば彼の姿は元の仔犬の形に戻り、声もそれに相応しい状態に還っただけと知れる。
頻りと相手を気遣う風に鼻を鳴らし、喉声を散らして擦り寄る仔犬に、しかし翼蛇は鋭い威嚇の呼気を吹いただけ。後はそれきり力尽きたように崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
明らかに「余計な事を」とでも吐き捨てたとおぼしい黒鏖の態度にも、怯むことなく久鷹は彼の傍に近寄った。そして正体なく失神したらしい蛇の尾を咥えると、また元の如く引きずって、何処かへと運び始めた。後に太い血の緋を引きながら。
【続く】