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2009 *10 01 and you or nothing 〔5〕

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 常に注意をしていた。周囲に隙を見せぬよう、気を配ってもいた。しかし、まだ久鷹は圧倒的に若かった。そんな張り詰め方をしていては早晩、訪れるであろう自分の限界にまでは、考え至っていなかった。緊張をし続けていれば、当然に疲れる。その生理的に訪れる、やむを得ぬ気の緩み。そこを狙われたのである。
続き
 また、もう一つ。……ある意味で、久鷹は紛れもなく一成の子供であった。そうした警戒の相や意識の仕方が、その手の趣味を持つ者にとっては、堪らなくそそるのだということに、まるで無頓着だったのである。
 一日の仕事を終え、定例となっている盟主への顔見せも兼ねた報告も済ませ、ホッと一息ついた処で、その襲撃は来た。
 後ろから口許を何か布のような物で覆われ、それに悪意ある薬品が染み込まされていると悟って息を止めたまでは良かった。その一瞬、硬直した腹に、したたか拳を見舞われ、ヒュッと吐いた息の分だけ久鷹は空気を吸い込まざるを得なくなる。筋弛緩、或いは昏倒だけでは済まぬであろう、質の悪い薬品も。
 緩慢に暗転していく意識の中で久鷹が舌打ちしたのは、己の認識の甘さに対してであった。まさか盟主の坐す部屋の目と鼻の先で、このような狼藉に及ぶ者がいようとは思わなかった上に、そんな連中の仲間に、こんな上層階まで入り込める輩がいるとも思わなかったが故に生じた隙であった。
 しかし、少し考えて見れば解る。なにも下世話な趣味を持った輩が下階級の者だけと限った話でもなければ、そも闇の城全体が無法地帯に近い。隙を見せた者、己を守れるだけの力がない者が悪いのだ。
 そんな今更の自覚に対する苦味を薬の異臭と共に噛み締めながら、久鷹はゆっくりと意識を手放した。

【続く】

19:25 | SS | 稲葉