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2009 *06 23 白き焔 〔10〕

「貴女、宮を汚すと思って手加減したわね?」
 この程度の相手に遅れを取るなんて、と言外に責める皓子の言葉に、秘女は涙を溢しながら唇を噛み締めた。だって…、と言い訳する科白は安堵の嗚咽で声にならなかった。
 皓子が来てくれた、皓子が来てくれた。しかも自分の想いを誤たず汲み取ってくれた。その喜びで胸がいっぱいになり、とても言葉など紡げなくなってしまったのだ。代わりに、……。
続き
「皓子、皓子、皓子、皓子…っ」
 頑是ない子供のように繰り返す秘女の声を耳に、皓子は微笑みながら腰のサーベルを鞘から抜き放った。
「本当に、困った人ね。この程度の血潮など、後に残す貴女の結界ではないでしょうに――」
 囁きは、吐息の如き密やかさで落ち、直後、放たれた斬撃によって掻き消された。
 最初の衝撃をやり過ごし、頭を振り振り体勢を立て直して、いま再び躍り掛かって来た賊どもを、皓子は一刀の下に斬り捨てた。手にするは、細身のサーベル一つ。しかし、彼女の細腕が放つ斬撃は、賊らの知覚の外だった。優雅に腕を返し、鍔を鳴らす――ただそれだけの動作で敵は胴斬され、首刎ねられる。転々と跳ね飛ぶ首は鞠のよう、どうと倒れる屍は丸太のようだった。
 床に跳ねる細かな飛沫も厭わず刃についた血糊を払い、皓子は息ひとつ乱さず中段にサーベルを構え直す。正眼よりやや下の、丹田の真上に柄尻が来る、片手の構え。それが皓子の必殺剣――白吼陣の構えだと解ったのは、共に生まれ育った秘女だけであった。
「後悔なさい。来てはならぬ場所に土足で踏み込み、触れてはならぬものに触れようとした罪。分けても重き大罪は、――…」
 裁きを下す司法官の如き厳かさで宣された皓子の言葉に耳を貸す者はなかった。誰もがその刃の切っ先に充溢していく力と殺気に恐れをなし、狂ったように躍りかかってくる。そんな憐れさを、哀れむように眼を細めた後、皓子は振り抜く一刀と共に最後の罪を告げた。
「……死になさい、それが私の大切なものを穢そうとした報い」
 刹那、深紅の結界を内から照らす白光が辺りに満ち、それが消えた後には塵ひとつ、血の痕一滴すら残さず賊の姿は消え失せていたのだった。

【続く】

22:46 | SS | 稲葉