「皓子ー!」
呼ぶ声に、回廊の途中、皓子(こうし)と呼ばれた影は立ち止まった。藤色がかった白い髪を、高位の女官に定められた形に結い、ゆったりとした衣の裾を払いつつ振り返る姿は、行儀作法の手本そのもの。しかし、その面に浮かべられていた無表情が、ふわりと緩むのを見れば、彼女の態度が生まれ持ったものではなく、自らの努力によって身につけられたものだと知れる。
「……秘女。もう子供ではないのだから」
「皓子ー!」
呼ぶ声に、回廊の途中、皓子(こうし)と呼ばれた影は立ち止まった。藤色がかった白い髪を、高位の女官に定められた形に結い、ゆったりとした衣の裾を払いつつ振り返る姿は、行儀作法の手本そのもの。しかし、その面に浮かべられていた無表情が、ふわりと緩むのを見れば、彼女の態度が生まれ持ったものではなく、自らの努力によって身につけられたものだと知れる。
「……秘女。もう子供ではないのだから」
――生まれは戦乱の中。けれど、それを後悔したことはない。でなければ彼女に出逢う時が遅れていたろうから。きっと必ず巡り会う。そうでなくても探し出す。解っていても代えがたい。生まれた時から傍に居る、その歓びとは何物も。
産み落とされた彼女の傍、その眼が開くのを待っていた。
遠く、細く砦内に流れる歌声に眠り乱されたか、寝台の上に横たわる影が、ふっ…と眼を開いた。砦の南翼、その最奥。幾重もの結界、あるいは次元断層によって隔てられ、特に許された者でなくば近寄ることも出来ぬ奥津城。影砦が主人の居室は、そんな場所に在った。
――外から入るは難くとも、
「まぁ、そう思い詰めるな――…」
軽く肩を叩かれた衝撃で青冥はハッと我に返った。彼女が自我を手放したのは、何も青冥の非情が因と限った話ではないのだからと、そう暗に物語る幻使の眼を見ても、彼の瞳の憂いが晴れることはなかった。
今日の施術は此処までにさせて貰うと